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親不知・子不知

日本初の海上設置となった北陸自動車道

夜と昼の北陸自動車道の様子

天下の険として有名な親不知、子不知海岸。親不知駅を中心とする青海駅、市振駅間約15kmの総称で、親不知駅・市振駅の間が親不知、親不知駅・青海駅の間が子不知と呼ばれています。

地名の由来はいくつかあり、

  1. 北陸道最大の難所で、断崖絶壁と荒波が旅人の行く手を阻み、波打ち際を駆け抜ける際に親は子を忘れ、子は親を顧みる暇がなかったことから親知らず・子知らずと呼ばれるようになった。
  2. 平清盛の弟、頼盛の夫人が夫の後を慕って親不知を通りかかった折、2才の愛児をふところから取り落とし、波にさらわれてしまった際に悲しみのあまり詠んだ「親知らず 子はこの浦の波まくら 越路の磯の あわと消えゆく」という歌が由来になった。

などという説があります。

現在はえちごトキめき鉄道、国道8号、北陸自動車道が通り、通行に支障は無くなりましたが、親不知記念広場の展望台から海岸線を眺めれば、当時の苦難が想像できることでしょう。

また平成26年3月、親知不・子知不の一部が国名勝「おくのほそ道の風景地 親しらず」に指定されました。

親不知記念広場(愛の母子像)

親不知記念広場(愛の母子像)

国道の改修を記念して造られた広場で、親不知はここからの眺望が一番だといわれています。愛の母子像が国道を往来する人々の安全を見守り、台座には糸魚川が生んだ文豪 相馬御風の「かくり岩に 寄せてくだくる 沖つ浪の ほのかに白き ほしあかりかも」の歌が刻まれています。

親不知記念広場から望む海岸線

親不知記念広場から望む海岸線

断崖絶壁が日本海へ落ち込んでいます。昔はこの海岸沿いを通っていました。写真の左側上方の白い建物のある付近が親不知コミュニティロードです。

親不知コミュニティロード

親不知コミュニティロード

交通の難所・天下の険と人との闘いの歴史、四世代にわたる道を一望できるコミュニティロード。眼下の波打ち際が、親不知・子不知の由来となった北陸道、続いて当初国道としてできたコミュニティロードは二世代目。三世代目は現在の国道8号、そして四世代目が北陸自動車道です。

天下の険といわれた親不知にも、明治16年、断崖を削った街道が開かれました。その後、いくつかの改良を経て、昭和41年の国道8号天険トンネルの完成により使用されなくなり、遊歩道として使用されるようになりました。

親不知コミュニティロードは、先人たちがその急峻な地形と複雑な地質に挑み、北陸地方の産業、経済の発展に貢献したことを後世へ伝える貴重な土木遺産であるとして、(社)土木学会から推奨土木遺産に認定されています。

展望台からは眼下70mの日本海を一望でき、晴れた日には能登半島も眺望できます。さらに絶壁の波除け観音、大懐(おおふところ)、小懐などを再現した模型も設置されており、名勝の絶壁を一目で知ることができます。

また、日本近代登山の父として名高い、イギリスのウォルター・ウェストンが明治27年に親不知を訪れており、この機縁からブロンズ像が設置され、毎年5月下旬に「海のウェストン祭 白鳥山山開き」が開催されています。

親不知レンガトンネル

土木遺産提出用(サイズカット)北陸道最大の難所天険親不知の断崖絶壁を貫通させ、整備された鉄道トンネルで、大正元(1912)年に竣工しました。鉄道網が整備されて以降、当地域では黒姫山から産出される石灰石が北陸一体に輸送され、産業経済のみならず生活文化についても地域の近代化に貢献しました。しかし、昭和40年に複線化となり、貨物や旅客の輸送の役目を終え廃線となりました。

建造から100年以上が経過しますが、断崖絶壁にあるレンガ積みのトンネルは、絶大な存在感があり、当時の土木工事の英知を語りかけてくれる貴重な土木遺産です。

 

トンネルは約700mあり、トンネル内はフットライト等が設置され、通行できるように整備されました。また、「親不知コミュニティロード」と遊歩道で結ばれ、周遊することができます。周遊は約2㎞、所要時間は60~90分です。(西側遊歩道は冬期間12月~3月は閉鎖します)

詳しくはこちらから http://www.city.itoigawa.lg.jp/item/16209.htm

W・ウェストン像

親不知コミュニティロード W・ウェストン像

当市にも大きなゆかりのあるウェストンの功績と栄誉を賛え、明治27年7月19日(1894)当地を訪れた33歳の風貌と登山の勇姿を、彫刻家 茂木弘行氏の手によって、全国でも初めてのブロンズ製全身像として彫刻し、記念設置したものです。

W.ウェストンの著書の中に日本アルプスの起点、親不知に下り立った時の様子が記されています。

Mountaineering and exploration in the Japanese Alps.
by the REV.W.Weston 
「日本アルプス―登山と探検―1896年」
<原文>
“To no gotoku, ya no gotoshi”
(“As smooth as a whetstone’ and as straight as an arrow”)

WALTER WESTON(1861年~1940年)
イギリスの宣教師であり、明治21年~大正7年(1888~1915)の間に3度来日し、その多くの日時を日本アルプスを初めとする山岳の開拓的探検登山に費やしました。また、日本山岳会の設立をすすめるなど日本登山の登展に大きく貢献しました。

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如砥如矢(とのごとく やのごとし)

ウェストン像を過ぎて少し行くと左側上方の壁面に刻まれている「如砥如矢」の文字。砥石のように平らで矢のように真っ直ぐ通れるという意味で、街道開通の喜びを表したものです。

栂海新道(つがみしんどう)入口

栂海新道(つがみしんどう)入口

親不知コミュニティロードの向かいにあります。北アルプスへと続く登山道の出発点。入り口付近に10台程度の駐車スペースがあります。

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所在地

親不知コミュニティロード/〒949-0111 新潟県糸魚川市大字市振

アクセス

親不知コミュニティロード

  • 車の場合
    親不知ICから車で3分
    糸魚川ICから車で30分
駐車場

親不知コミュニティロード/10台

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